コンテンツは資本ではないのがそもそもの始まり・・・だと思う

テレビ番組で「テルマエロマエの映画化で原作者に支払われた金額は100万円」と言っていたことが話題になっていますが、

それに関して今の(美少女)ゲーム業界の賃金に関する物事を語った記事も読んだ上でちょっと考えてみます。

ちなみに、記事やtogetterなどまとめに関してはリンクをしませんのであしからず。

まず、そもそも金を受け取れる人はどんな人?

地球のほとんどの社会は資本主義で動いています。

この「資本」「資本主義」とはどのような考えなのでしょうか?

中学生の社会の教科書あたりに書いてありそうですが、私も詳しくはないので国語辞典に頼りましょう。

しほん[資本]

1. 事業のもとでとなる金。また,比喩的に仕事や生活を維持してゆく収入のもととなるものをもいう。

(以下省略)

しほんしゅぎ[資本主義]

商品経済の広範な発達を前提に,労働者を雇い入れた資本家による利潤の追求を原動力として動く経済体制。

資本家が生産手段を私有し,労働力以外に売る物をもたぬ労働者の労働力を商品として買い,労賃部分を上回る価値をもつ商品を生産して利潤を得る経済。

(以下省略)

つまるところ、この定義に従えば、利潤(この場合は金)を得られるのは「労働者を雇い入れた金を出した者」というわけですね。

もちろん、資本主義では損害が出たときに基本的にそれを被るのも「労働者を雇い入れた金を出した者」であり、労働者ではない、と言うところにこそ意味があります。

コンテンツを作っても「資本」ではない

まずはじめに、コンテンツそのものは資本では決してありません。

漫画を書いても最低でもどこか発表の場で公開しないことには公には存在しないのと変わりはありませんからね。

最低でもコンテンツを資本化(表現はちょっと変ですが)しなければなりません。

コンテンツを「資本化」した者が「資本家」になってしまう

たとえば漫画だと漫画原作者ではなく出版社がこの場合の資本家と考えられます。

(美少女)ゲームやアニメの場合でも、各クリエイタはただの労働者ですし、資本家はこの場合作った会社だけではなくその会社に金を出している会社、ということになります。

作った会社と金を出している会社が同一ならまだ幸せなのですが、これが違うとクリエイタはすべて「資本家」に価値を持って行かれることになります。

そのため、賃金は上の「資本家」の言いなりにならざるを得ず、どんどん落とされていったり、維持できなくなったりするわけですね。

これが「資本主義」というシステムが回っている理由でもあるのですが・・・。

何もしなければ原作者はただの「コンテンツ提供者」に成り下がる

そのため、「原作者に支払われた金額は100万円」と言うことが起こってしまいます。

これ自身はコンテンツ作成側から見れば何かおかしいように見えますが、「資本主義」「コンテンツを資本化した者が資本家」の定義からすれば正しいわけですね。

個人的にはせめて「契約料」+「収益から○%を原作者に」という形を望みたいのですが、そうもならず・・・。

(ただ、これをコンテンツ業界内で有効にすると今度は(美少女)ゲームなどで、「原画家などへ契約が難しくなる」とか、「開発したゲーム会社本体の取り分が無くなってしまう」という現象も発生することになりかねないわけですが)

どうにかするには、海猿の作者のように、「コンテンツ作成者がある程度コンテンツを資本化する」と言うことを行わなくてはならなくなります。

そして、「コンテンツ」がたくさん出回ることによりそれぞれの価値が薄まってしまう

もちろん、良い物はよいのですが、それでもグラデーション化されてしまい、対象のコンテンツ自身が目立たなくなっていくわけですね。

様々な物が出ることにより活発になるのは意味があることだと思いますが・・・。

やがてコンテンツは衰退して無料公開物と中世のパトロン制度のような物に分断されるのでは?

今現在の資本主義の考え方もパトロンに似たような物はありますが、それがもっとひどくなって行くのかな~と思います。


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